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  • 執筆者の写真Mana LAURENT

果物綺譚 其の一「 レンブ」


 南国の果実。写真上部から、アセロラ、二色のパッションフルーツ、パイナップル、島バナナ、マンゴー、レンブ、シークワーサー。


私の最初の故郷、人口三百人程度の小さな南の島、竹富島は沖縄本島から更に南西へ飛行機で四十分程、八重山諸島の玄関口である石垣島の港からは高速船で十分程度です。出身地は、と聞かれるといつも返答に困ります。竹富島、といきなり答えると、ああやっぱり南国の顔をしていると思った、と言われがちですが、両親は沖縄の出身ではありません。


現在の新石垣空港が出来る以前、旧石垣空港はとてもちっぽけで、飛行機のタラップを降りると、山羊やら銀ネムの木の匂いやらがたっぷりの湿度に運ばれて全身にまとわり付き、どっと脱力したものです。土地の気候から、人々はその性格、性質、そしてそれらが影響し合って民族性、とも言われるような特徴が生まれると言う事を、身を以て知る瞬間でした。東京の人から島の人へ、母親の元に暮らす私から父親の元に暮らす私へ、変身の瞬間です。


飛行機から降りて、山羊の匂いの生温い風に包まれながら空港の玄関にとぼとぼ歩いて入ると、そこはもういきなり小さなターンテーブルがガタンガタンと回る荷物受取り場でした。空港内に2軒あった土産物屋に並ぶ熟れたパイナップルとパッションフルーツ、その濃厚な甘酸っぱい匂い(そしてその奥の方に微かに感じる強い緑の植物の匂い)が頭の中の何がしかの回路をカチッと切り替えてしまって、東京の人である私は、これによって完全に消え去るのでした。


十八年前、享年八十九歳で父が亡くなるまで、私は毎年のようにこの匂いの儀式を経て島を訪れていました。今でも南国の果物の香りに不意打ちされると、郷愁と言うよりもむしろちょっとぎょっとしてしまいます。失われた、もう無い場所へと通じる扉が、忽然と立ち現れるからでしょうか。


写真の下部、東京では見慣れない不思議な姿の果物はレンブと言います。石垣島の市場には、時折このレンブを携えた台湾の行商人のおばさんが現れました。すると、それまで銘々の持ち場にどっしりと構え、落ち着き払って我が物顔だったおばさん達が、狂ったように椅子を蹴って走り寄り、我先にとレンブを奪い合うのです。


小さな子供だった私は目を丸くしてその様子を眺めていました。一緒に居た父が尋ねると、おばさんは「レンブよ!」と言って戦利品のひとつを私にくれました。赤ん坊の頃から市場のおばさん達に可愛がられて居た私は、果物だの野菜だの肉だの、いつでも買い物よりも多いおまけを貰ったものでした。


レンブのつるつるした表面をそのまま齧ると、サクッとした歯ざわり、さっぱりした酸味、甘い香り、果物とも野菜ともつかない不思議に爽やかな味わい。例えられるものが他に見つからないのですが、強いて言えば、ミョウガを噛んだ時の軽快な歯ざわりに、花梨やボケの実を傷付けて必死に嗅いだ時のあの冷たくて甘い香りです。完熟果物の濃厚な、そして肉や魚介のすえた匂いの充満する生温い空気を、扇風機がからからとむやみに掻き回している市場の真ん中で、私はその瞬間からレンブの虜になって、今に至ります。


東京ではまずお目にかかれないこのレンブを、石垣島の市場で探し求めるのが毎年の楽しみの一つになっていましたが、やがて大人になり島来訪に夏の繁忙期を避けるようになってからというもの、季節が違ってしまってレンブには出会えず仕舞いとなりました。


 数年前、夫と共に台湾を訪れた際、とうとうレンブとの再会を果たし、あの市場のおばさん達さながらに狂喜して夫を訝しがらせたものです。が、台湾の店先で売られるすっかり立派にサイズも大きく、色も真っ赤でずしりとしたレンブは、なんだか急に出世してしまった幼馴染にばったり会ってしまったようで、奇妙に気恥ずかしい思いをしたのでした。




 


 

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