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  • 執筆者の写真Mana LAURENT

舘野真知子さんの思い出


写真を生業とするようになってから、私のホームグラウンドとも言える雑誌『ミセス』が2021年に休刊するまで、沢山の人との出会いがありました。


舘野真知子さんのキッチンスタジオに初めて伺ったのも『ミセス』の料理ページの撮影でした。スラリとした長身にショートカットの、笑顔でなんでも面白おかしくお話しして、周りの人達を和ませる健康的な方でした。


ポートレイトを撮影する段になって、面長のお顔に良く似合う眼鏡について、なぜ伊達メガネを用意していないのかと他所の写真家に叱られたエピソードなどを伺い、以来、舘野さんのポートレイトを撮るたびに思い出しては皆で笑ったものでした。


それからというもの、舘野さんとはお仕事をご一緒する機会が増え、鯖の缶詰ばかりで十何品もお料理を作ったり、ある時は、私が新大久保で入手したココナッツを丸ごと、ベランダで大騒ぎしながらナタでまっぷたつに割ってみたり。


いつぞや撮影した、舘野さんの発酵食のお料理の写真に、新たな撮り下ろしを加えて一冊の本にしましょうという、嬉しい話が聞こえて来てもなお、私は彼女が闘病中だということすら知りませんでした。



しかし今思えば、ある時なんの気無しに流し見ていたSNSか何かで、舘野さんがご自身の誕生日に際し、この日を迎えられると思っていなかった、と言うようなニュアンスのことを仰ってるのを発見し、胸中にサッと雲の影が通り過ぎたように感じたのを思い出します。


舘野さんとの最初のお仕事を収録したこの本がまた、最後の仕事となるであろうことを知ってからは、私なりに随分動揺も致しました。生や死の際に立ち会う時、人は非日常の出来事に大きく揺れ動く。語弊があるかもしれませんが、それは高揚にも近い。


が、ご自宅の病床にあった舘野さんの眼差しの極めて平常であることに、私はハッと我にかえり、自分の心の非現実感が、なんだか厚かましいようで恥ずかしくなったのです。こんなに遅い時間まですみません、と彼女は言いました。続けて、これは私の力じゃなく、みんなが実現してくれた事なんです。と、ひと言ひと言をしっかりと区切りながら、満足そうに仰いました。


料理は日常。日々の営みの中を舘野さんはやって来て、夢中になって料理をしていた。そしてそのままてくてくと、日常の延長線上を朗らかに去って行かれました。















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