クレア春号のテーマは「あたらしい暮らし 楽しい暮らし」。私達ローラン家も「日仏ハイブリット暮らし」として登場しています。
扉の写真はアペリティフ、前菜の大皿。鶏レバーのパテ、ソシソン・セック、グリッシーニに生ハム、オリーブ、青唐辛子のピクルス、バター、揚げた茄子に、茹でたさやえんどう、白ぶどう、リンゴ、フランボワーズ。鶏レバーのパテはずっと昔から作っている定番のものですが、結婚後はフランス人の夫の大好物の一つとなりました。
ところでこの撮影では「二人分のアペリティフを」との編集部からのご要望でした。またまた、どうせ撮影だからといって色々「盛って」いるんでしょうと仰る玄人の皆様、確かに食べる物は溢れんばかりに盛られています。しかし例えばこのパテひと瓶、その夜には空っぽになるのです。来客の際には倍か、あるいはもっと仕込んで、夫専用の瓶を冷蔵庫に確保します。
ソシソン・セックも、よくバーで見かけるようなパラパラと皿に並んだ数枚を齧り齧り、と言うひもじい食べ方はしません。さっさと指で摘んでは口に放り込み、バターを塗ったバゲッドと共にむしむしと食らい付きます。それにしても、この一瓶にたっぷり詰まったパテと、熟成したソシソンを平らげるのに一体どれほどのバゲッドを消費し得るのか。「保存用の袋をお付けしますか?」と言う店員さんのご親切にはいつも「いいえ結構です」と笑顔でお返しします。一度の食事で七本のバゲッドに勝利した過去を持つ夫です。今後もパンが乾くことは無いでしょう。
この撮影ではちょっと奇妙な我が家の各部屋とそれぞれのシーン、アペリティフと夫の故郷シャラント地方の郷土菓子を三種、用意しました。その中の一つにノア・シャランテーズと言う非常にローカルなシュー生地のお菓子があります。このレシピは誌面には掲載しておりません。記載するだけで四ページは必要でしょう。焼いたナッツ類をキャラメリゼしてプラリネのペーストを作り、そこにイタリアンメレンゲとバターを加えてクリームを作り、シュー生地を焼いてそのプラリネクリームを詰め、最後にテンパリングしたチョコレートでグラサージュするのです。一年前には夢にも思わなかったこんな芸当をこなせるようになったのは、ひとえに相原一吉先生のご指導の賜物です。もう少しレシピを洗練出来たら、この場を借りて発表する事としましょう。
しかし、アペリティフの大皿も手の込んだお菓子も、これら全てを「自分で撮る」と言う試練に比べれば楽しいものです。いえ、逆かもしれません。家中を隅から隅まで掃除し、醜いものを押入れに封じ込め、手洗いを磨き、何処を撮られても(撮っても?)良いように入念にレイアウトを調整し、よし、いつも綺麗にしていますよと言う涼しい顔をして当日を迎える。が、前日にはほとんど徹夜でお菓子や料理の仕込みをしているので実際の顔は蒼白です。それに比べて私の日常たるや、撮影現場にのこのこと上がり込んではあちこち無遠慮に物色し、さあ撮る物はどこですかと言わんばかりに出されたお茶をのうのうと啜っている、そこまでに至る家主の血の滲むような苦労も知らずに...
撮られる者を体験しながら撮ると言う、極めて稀有な体験をこの撮影では得ることが出来ました。そして撮る者の名誉の為に、撮ると言う行為に通常どれほど集中力を必要としているかを痛感し、そして、撮るだけで良いと言う幸福に、ただただ感謝するのみです
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