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  • 執筆者の写真Mana LAURENT

船出

レシピというものは正しく辿れば目的地に導いてくれる、地図に似ています。更にこれが製菓の技術となれば、特定の素材に一定の条件を加えることでどのような変化をもたらすかと言う明白な答えがそこにあります。しかしこれは出発点でのほんの少しの誤差が、最終的に全く違った場所に辿り着いてしまうという危険を孕んでいる点に於いても、それは地図と言えるでしょう。


私が二宮美佳氏に初めて出逢ったのは、某大手通信販売会社のカタログ撮影の仕事場でした。


この商品を使えばこのような調理が可能ですよ、と言う宣伝をする際には、全く完璧な見た目の料理が求められますが、撮影の現場でこう言った料理を提供するのが、その日の彼女の仕事でありました。


その朝、すでに支度が始まっているキッチンで、彼女は黙々と鰹節で出汁を取っていました。傍には、砂抜きの為に水に漬けられたアサリ。


何をやっているの、と私は驚いて尋ねました。それまで私は広告写真の為の料理が、下ごしらえされている様を見た事が無かったのです。それらの料理は最も見栄え良く撮られる為に、白米に油を塗って艶を出したり、溶けないように砂糖を入れないアイスクリームであったり、ある時は塩抜きされていない子持ち昆布をうっかり摘み食いをして吐き出した事もありました。


その日は確かに、何かしらの調理器具の宣伝写真の一部にアサリの味噌汁などが写る予定があったかもしれません。極端な例を挙げれば、その辺で売っている即席の味噌汁であろうが、完璧な見た目とタイミングで準備されれば、それで良いのです。


なんでわざわざ出汁を取っているのと、ぽかんとする私に二宮さんは、だってその方が美味しいから、と朗らかに笑っています。それが彼女との最初の出会いでした。


時を経て、いざ英国式フルーツケーキに挑まんと勢い資料を取り揃えたものの、見慣れない計量単位を前にすっかりやる気を無くして呆然とする私の有様を見て、今度は二宮さんに何やってるんですかと呆れられる私です。


イギリスに留学し、イタリア人ルームメイトの手料理を堪能したと言うちょっと変わった経験を持つ彼女は、すぐさまペンを取ると、あっという間によそよそしい英国単位の群れを、懐かしい私達のグラムと大さじ小さじに振り分けて行きます。


羊を追うボーダーコリーのように颯爽と生き生きと数量を計算している彼女を見ていると、私が自慢するべきはこの人に救いを求めたその一点だなと思えて来るのです。


こうして完成した英国式フルーツケーキレシピ比較検討表を、改めてしげしげと覗き込んでみると、そこには想像を遥かに超えた英国菓子の大航路が広がっているのでした。





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