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  • 執筆者の写真Mana LAURENT

雛の御膳 其の一 UDO問答

今年は冬の寒さが殊更厳しく、三月三日の雛祭りには桃の花がきれいに開きませんでした。あちこち桃を訪ね周った挙句、通りがかった入谷の植木屋できれいな紅白の木瓜(ぼけ)を見つけ、落ち着いた次第です。

床の間のある家に住むようになってからと言うもの、四季の行事のしつらえが益々楽しみになりました。幸いにして我が家の四代目、白黒猫のノノは大変おとなしい臆病な性質です。雛壇の裏にそっと回り込んだり、木瓜の花の匂いを恐る恐る嗅いだりして、久しぶりに開け放した窓からの景色をじっと眺めて、そしてさっさと寝床に戻って行きました。

雛祭りの頃になるとやっぱり散らし寿司が食べたくなります。たまには趣向をかえて茶巾に包んで見ようかなどと目論んでいましたが、巡り合った古瀬戸の石皿が嬉しくてたまらず、結局散らしになりました。


散らし寿司は本当に手がかかるものです。今年は酢飯に、酢取り蓮根、甘辛く煮しめた揚げ、紅生姜、炒りごま、そして海苔を細かくして混ぜ、そこに漬けまぐろ、錦糸たまごと絹さやの細く切ったのを散らしました。


ご馳走というのは不思議なもので、掛かった手間の分が品数に相当する満足感をもたらします。手の込んだ料理が何品も並ぶと目も舌も疲れてしまって、食事の後には何を食べたのか何一つ印象に残っていない、最後に頂いたお茶が一番美味しかったなんていう事もよくあります。

ですから雛祭りには、錦絵のように豪華な散らし寿司に、すっとした潮の香り立ち昇る蛤の潮汁が本当によく合います。蛤の潮汁というのは本当に艶やかなお料理で、桃の節句、雛のお祭りにしめやかなる象徴を与えます。昔の人は本当に粋だなあと感心します。


ところでフランス人である夫は貝類を好みません。フランス人だからと言うわけではなく単なる個人の好き・嫌いです。私は潮汁には他のものを一切入れず、蛤だけのストイックな景色を楽しみたいのですが、そうなると夫には白湯の入った椀を与えて酷く虐めているように見えますので、いつも何かしら考えます。


そうだ独活(うど)と併せてみようと思い立ったのは、店先に並び始めた独活を夫が不思議そうに眺めていたからです。「これは何?」「独活」「UDO?」

この独活の爽やかな青々しい香りは、思いの外蛤の出汁によく合いました。春の海と山の香りをしみじみと味わいながら「良い香りだね、何かに似ているなあ、何だろう…アンジェリークかフェンネルか」果たして、独活とアンジェリーク、そしてフェンネルは、いずれも同じセリ目でありました。(特にアンジェリークに関しては日本ではシシウドと呼ばれ、山菜摂りに慣れない人は独活と見間違えるほど)


そこからはもう、独活はどのような植物なのか、年中あるのか季節のものなのか、これは独活のどの部分なのか、他にどのような調理法があるのか、これは日本の伝統料理なのか君のアイデアなのか、若い世代の人々も独活を好むのか…。


先入観を持たない者の探究心とは、全く予想もしていなかったような質問を次々と浴びせられるのでなかなか恐ろしいものです。何十年も「当たり前」で流していた物事の概念を再構築出来るかが試されるのですから…。独活とは?と問われた時、私と言う日本人の生活と歴史の中にある「独活像」に到達するまでには大変な道のりを要するものです。うっかり「山菜」などと答えようものならば、今度は「山菜像」への果てしない旅が始まります。潮汁一つ啜るにも、気の抜けない雛の御前のUDO問答です。









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